金戒光明寺にいってきました。
まずは、金戒光明寺の説明。

法然上人がはじめて草庵を営まれた地である。
十五歳で比叡山に登られた上人が承安5年(1175年)四十三歳の時お念仏の教えを広めるために、山頂の石の上でお念仏をされた時、
紫雲全山にみなぎり光明があたりを照らしたことから この地に草庵をむすばれた。これが浄土宗最初の寺院となった。

浄土宗の大本山、承安5年法然上人が比叡山の黒谷を下り、草庵を結ばれたのが浄土宗最初の寺院 のはじまり。
西山連峰、黒谷の西2キロの京都御所、西10キロの小倉山を眺み山門、阿弥陀堂、本堂 など18もの塔頭寺院が建ち並ぶ。

幕末でのかかわりは、京都における会津藩の本陣として有名。
なぜ、ここが選ばれたのかは公式サイトにも記載されている。
ここでは、簡単に紹介。
徳川家康が何かある時には軍隊が配置できるように黒谷と知恩院をそれとわからないように城構えとしているのである。
黒谷に大軍が一度に入ってこられないように南には小門しかなく、西側には立派な高麗門が城門のように建てられた。
小高い岡になっている黒谷は自然の要塞になっており、特に西からやってくる敵に対しては大山崎(天王山)、淀川のあたりまで見渡せる
という立地からきている。

御所からも近いということも理由のひとつ。